「冬場に湯たんぽで低温やけど」「夏の猛暑で熱中症に」ー。毎年のように、お年寄りが温度変化にうまく対応できず、体調を崩すというニュースが報じられます。なぜ、高齢になると熱さや冷たさを感じにくくなるのでしょうか?多くの人が「年のせいだから仕方ない」と漠然と考えてきたこの疑問に、科学のメスが入り始めました。どうやら、私たちの皮膚に備わっている”あるセンサー”が、加齢とともに衰えることが原因のようです。この記事では、学術誌『GeroScience』に載った最新の研究報告をひも解きながら、老化によって温度を感じる感覚がどう変わっていくのか、その仕組みを分かりやすく見ていきましょう。「年のせい」で済まされない温度リスク「寿命、老化、そして体温」。この3つの関係は、老年学の分野で長く研究されてきたテーマです。近年の地球温暖化のような極端な温度変化は、老化を早め、私たちの健康にとって深刻な脅威になる、と多くの研究が指摘しています。特に高齢の方は、年を重ねることで体温を調節する体本来の仕組みが影響を受けやすく、温度変化に対応するのが難しくなります。夏の熱中症や、冬の湯たんぽによる低温やけどは、こうした体温調節機能の衰えが引き起こす、身近な事故例の一つと言えるでしょう。この背景には、一体どんなメカニズムが隠されているのでしょうか。皮膚の“温度センサー”「TRPV3」とは?私たちの体で最も大きな器官である皮膚には、驚くような機能が備わっています。その一つが、周りの温度の変化をキャッチし、それに応じて皮膚の血管を広げたり縮めたりして、体温を保つ働きです。この大切な「温度感知」と「体温調節」の役割を担うのが、皮膚の細胞(表皮の感覚神経終末とケラチノサイト)にある「TRPV(トリップブイ)」というタンパク質(イオンチャネル)の一群。いわば、高感度な”熱センサー”のようなものです。TRPVファミリーにはいくつか種類がありますが、フランスのベレンジェール・フロミー氏ら研究チームは、なかでも外界の温度を感じ取る能力に優れた「TRPV3」に注目。老化による温度感覚の鈍さが、このTRPV3と深く関わっているのではないか、と考えました。老化で「TRPV3」はどう変化する? 最新研究が示す3つの低下研究チームは、「年を重ねるとTRPV3の働きがどうなるのか」を調べるため、マウスやヒトの皮膚細胞を使って詳しく分析しました。その結果、老化が進むとTRPV3の機能が様々な面から大きく低下することが、はっきりとわかったのです。1.センサーが働かない?—血流反応の低下まず、研究チームは若いマウスと老いたマウスの足を局所的に温め(33〜40℃)、皮膚の血流がどう変わるか測ってみました。若いマウス(2カ月齢)温められるとすぐに血管が広がり、血流が勢いよく増加。これで、余分な熱を素早く体全体に逃がすことができました。老いたマウス(22カ月齢)若いマウスで見られたような、素早い血流の増加(血管拡張)は起こりませんでした。さらに、遺伝子操作でTRPV3を働かなくした若いマウスでも、老いたマウスと同じように血流の反応が鈍くなることもわかりました。この結果から、「熱い」と感じて血流を増やし熱を逃がす一連の流れにはTRPV3が欠かせないこと、そして、加齢でTRPV3の働きが鈍ることが、温度変化の察知を妨げている可能性が示されました。2.センサーの数が減る?—遺伝子発現の減少次に、センサー(TRPV3)そのものの数が減っていないか調査がおこなわれました。老齢マウスの皮膚を分析すると、TRPV3を作るための設計図(TRPV3転写物)の量が、若いマウスに比べて約47%も少なくなっていることが判明しました。この傾向は私たちヒトでも同じで、高齢の男女の皮膚細胞では、若い人と比べてTRPV3関連遺伝子の働きが明らかに落ちていることが確認されています。3.センサーの感度が鈍る?—活性の低下では、今あるセンサーの「感度(活性)」自体はどうなっているのでしょうか。ヒトの皮膚細胞でTRPV3の反応性を比べたところ、高齢者(平均81.8歳)の反応性は、若者(平均32.6歳)より約31%も低いことがわかりました。どうやら老化は、センサーの「数」を減らすだけでなく、残ったセンサーの「感度」まで鈍らせてしまうようです。「熱い」が伝わらない? 情報伝達の仕組みも老化さらに厄介なことに、問題は「情報伝達」の段階でも起きていました。TRPV3センサーが熱を感じ取ると、皮膚細胞(ケラチノサイト)は「ATP(アデノシン三リン酸)」という物質を出します。このATPがメッセンジャーとなって、感覚神経に「熱いぞ!」という情報を伝える仕組みです。ところが実験の結果、老いたケラチノサイトは、TRPV3が働いても放出されるATPの量が、若い細胞と比べてずっと少ないことが明らかになったのです。これは、たとえセンサーがなんとか熱を感じ取ったとしても、その情報を神経にうまく伝えられない状態になっていることを意味します。温度感覚の低下は「年のせい」ではなく「TRPV3の老化」が原因だった今回見てきたように、高齢になると暑さや寒さに気づきにくくなる背景には、はっきりとした理由がありました。多くの人が「年のせい」と諦めていた現象の裏側では、TRPV3遺伝子の働きが落ち(センサーの数が減り)、TRPV3自体の感度も鈍り(活性が低下し)、さらにATPの放出も減る(情報を伝える力も弱まる)という、温度センサー「TRPV3」をめぐる三重苦とも言える機能低下が起きていたのです。地球温暖化の影響で極端な暑さや寒さが当たり前になりつつある今、高齢の方の熱中症や低温やけどのリスクはますます高まっています。TRPV3の機能がなぜ低下するのか、その仕組みをさらに深く解明することが、お年寄りの健康と安全を守るための一歩になるかもしれません。