「実年齢より若く見えますね」——。 この言葉、素直に喜んでいいのでしょうか?見た目の若々しさは喜ばしいものですが、私たちの体の奥深くでは、暦(カレンダー)とは異なるスピードで時を刻む「生物学的年齢(体内時計)」が存在します。そして、本当の健康寿命を左右するのは、後者であると言われています。近年、科学の進歩はこの「生物学的年齢」を可視化する技術を次々と生み出しています。それは、老化を恐れるためではなく、正しく知り、コントロールするための第一歩。最新研究が解き明かす「6つの体内時計」を基に、老化を科学的に測定する最先端のアプローチをご紹介します。【マイクロバイオーム年齢】腸内細菌が“体の実年齢”を語りだす私たちの腸内に生息する100兆個もの細菌。その構成バランスは、健康状態を映し出す鏡であり、年齢とともに変化することが知られています。研究によると、健康な高齢者では腸内細菌の「独自性(ユニークさ)」が増し続けるのに対し、健康状態が優れない人ではその独自性の増加が止まってしまうことが報告されています 。この性質を利用し、Insilico Medicineの研究者らはディープラーニング技術に基づき、39種類の腸内細菌の構成比から生物学的年齢を推定する「マイクロバイオーム年齢」モデルを開発しました 。このAIモデルは、老化を促進する菌と若々しさを保つ菌のバランスを精密に分析します。将来的には、便や尿といった非侵襲的なサンプルから、全身の生理的な老化度を評価することが可能になると期待されています。【網膜年齢】“目の奥”を見れば、心臓と脳の未来がわかる「目は口ほどに物を言う」と言いますが、医学的には「目は体ほどに物を言う」と言えるかもしれません。網膜は、体内で唯一、メスを入れることなく血管や神経の状態を直接観察できる「窓」です。この特性を活かし、眼底写真をAIで解析して「網膜年齢」を割り出す技術が開発されました。網膜は、体内で唯一、メスを入れることなく血管や神経の状態を直接観察できる「窓」です 。この特性を活かし、眼底写真をAIで解析して「網膜年齢」を割り出す、迅速かつ経済的な技術が開発されました 。アルゴリズムモデルによる解析では、網膜年齢が実年齢を1歳上回るごとに、心血管疾患やがん以外の要因による死亡リスクが3%増加するという、驚くべき相関関係が示されています。この予測は信頼性が高く、一度の検査で1〜2年間有効とされています 。視力検査の延長で全身の老化リスクをスクリーニングする。そんな未来の健康診断が、現実のものになろうとしています。【動的老化スコア】“回復力”こそが老化のバロメーター病気ではないけれど、なんだか疲れが抜けない、無理がきかなくなった——。 この“回復力の低下”こそ、老化の本質的な指標であると捉えるのが、動的老化スコア「Dynamic Body Index(DOSI)」という新しい考え方です。DOSIは、一般的な血液検査(全血球計算)のデータと、ウェアラブルデバイスで計測した日々の歩数から、ストレス(病気やケガなど)からの回復力を数値化します。研究によると、私たちの体は大きく3つのステージに分けられることがわかりました 。ステージⅠ(成長期):〜30歳頃ステージⅡ(安定期):30〜35歳頃ステージⅢ(老化期):35歳以降特に高齢者では、体調を崩すとスコアの揺らぎが大きくなり、、回復に時間がかかる傾向があります 。老化とは「静的な状態」ではなく、「回復する力」という“動的な能力”で測る時代になりつつあるのです。【臓器別年齢】体の中では、パーツごとに“違う時”が流れている私たちの体は、均一に老いるわけではありません。2022年の学術誌「Cell Reports」で、心臓、肝臓、皮膚など、それぞれの臓器が独自の体内時計を持ち、異なるスピードで老化していくことが報告されました 。体内の9つの器官の老化スピードを比較したところ、心血管系の年齢は実年齢との相関が最も高く、一方で腸内細菌の年齢は加齢の影響を受けにくい、といった個性が報告されています。この「体のパーツごとに老化の進み方が違う」という発見を基に、研究者たちはさらなる研究を重ね、生まれ持った「遺伝子の設計図」(GWAS解析による膨大な遺伝情報)と、「今の体の状態」を示す6つの臓器時計(皮膚、栄養代謝、肝臓、性ホルモン、体力、心血管系)を統合し、新しい“複合時計”を開発しました。その研究成果は、個人の平均余命を高い精度で予測しただけでなく、集団全体の死亡率予測においても有効であることが証明されました。将来的には、皮膚・代謝・性ホルモン・肝臓・筋力といった複数の“臓器年齢”を測定し、弱っている部分をピンポイントでケアする、超個別化されたエイジングケアが実現するかもしれません。【遺伝子発光(GAC)】“病的老化”の兆候を光で捉える「一枚の葉が落ちて世界は秋を知る」ということわざのように、体全体の老化も、たった一つの遺伝子の変化から読み取れるかもしれません。深圳大学の研究者たちは、特定の遺伝子「Glb1-2A-mCherry(GAC)」が老化細胞で強く光る(高発現する)ことを利用した、新しい老化検出システムを開発しました 。このシステムの最大の利点は、単なる自然な老化ではなく、加齢に関連した“病気のリスク”や“死亡リスク”に焦点を当てている点です 。マウスを用いた実験では、GACの発現は加齢とともに著しく増加し、特に中年期において高い相関を示しました 。このことから、GACは病的な老化のサインをより早期かつ正確に検出できる「老化検出器」として期待されています 。【知覚年齢】「見た目が若い」は、科学的にも“長生きの証”だった「あの人は若々しい」——こうした他者からの「見た目年齢(知覚年齢)」が、実は個人の健康状態や寿命と科学的に深く関連していることが証明されています。1826組の一卵性双生児を対象とした追跡調査では、同じ遺伝子を持つ双子でも、見た目が老けていると判断された方は、若く見えたもう一方に比べて、7年以内の死亡確率が8〜19%高いという結果に。若々しい見た目は、単なる印象ではありません。それは、骨密度、心肺機能、認知力といった、目に見えない内面の健康状態が外見に反映された結果なのです。 「若々しさ」は、命を守る重要なバイオメーター(生体指標)と言えるでしょう。老化を“測る”ことは、未来の自分を“変える”こと今回ご紹介した6つの「体内時計」は、老化を多角的に捉えるための新しい視点です。老化の指標測定するものエビデンスのポイントマイクロバイオーム年齢腸内細菌の多様性・構成比39種の菌のバランスで年齢を推定。健康な高齢者ほど独自性が増す 。網膜年齢網膜の血管や神経の状態網膜年齢が1歳進むごとに、死亡リスクが3%増加 。動的老化スコア (DOSI)血液データと歩数から算出する「回復力」35歳から老化期に入り、高齢者ほど回復力が低下する 。臓器別年齢各器官の遺伝子情報など9つの器官は異なる速度で老化する 。心血管系は実年齢との相関が最も強い 。知覚年齢(見た目)外見と生物学的指標の相関双子研究で、見た目が1歳老けていると死亡リスクが8-19%増加 。遺伝子発光(GAC)老化細胞で光るGAC遺伝子の発現レベル加齢関連疾患のリスクを中年期から早期に検出できる可能性 。「年齢とは、生まれた年からの経過時間である」という常識は、もはや過去のものとなりつつあります。これからのヘルスケアは、「今のあなたの体は何歳か?」を科学的に問い、一人ひとりの状態に最適化されたアプローチが主流になるでしょう。※本記事は学術論文に基づき構成されています。健康に関する判断は専門医にご相談ください。