老化を遅らせるには、「どれくらい食べるか」より「何を食べるか」がカギかもしれません。近年注目を集めるアンチエイジング(老化制御)研究の中で、熱い議論の的となっているのが「カロリー制限」と「栄養素制限」という2つの理論。このテーマについて、中国の老化研究の第一人者、陆炯明(ルー・ジオンミン)博士にお話を伺いました。陆炯明(ルー・ジオンミン)博士スイス・ベルン大学卒業後、マックス・プランク老化研究所(ドイツ)にて、リンダ・パートリッジ教授の指導の下で研究に従事。神経変性、栄養、長寿をテーマに、Nature Aging等に論文掲載。現在、老化研究をベースとしたスタートアップを準備中。世界の老化研究者が注目する「食事制限」という戦略老化は、加齢とともに全身の細胞や器官が徐々に機能を失っていくプロセス。完全に防ぐことはできなくても、「スピードを緩める」ことはできる――そんな考えから生まれたのが食事制限(Dietary Restriction: DR)です。この研究が始まったのは、今からおよそ100年前。1930年代、米コーネル大学のクライヴ・マッケイ教授が行ったラットの実験で、「カロリーを制限した個体は寿命が延びる」という衝撃的な結果が得られました【3】。以降、酵母、線虫、ハエ、マウス、サルに至るまで、ほとんどすべての生物種で同様の結果が確認され、食事制限は「老化を遅らせる唯一の科学的アプローチ」として注目されてきました【2】【4】。食事制限=カロリー制限?それ、もう古いかも食事制限と聞くと、「単純にカロリーを減らす」と考えがちですが、最近の研究はそう単純ではありません。2009年、米国の研究チームがアカゲザルでカロリー制限の効果を検証。加齢に伴う疾患の発症を抑え、死亡率も低下したという結果をScience誌で発表しました【5】。この研究は「やはりカロリー制限が効果的だ」という流れを強めたように見えました。しかし、それに一石を投じたのが、ドイツのマックス・プランク老化研究所のリンダ・パートリッジ教授です。彼女は2005年の論文で、「カロリーの総量だけでは、長寿効果を説明できない」と提言。以降、世界中の研究者が「カロリー制限=万能」という前提を見直し始めたのです【6】。研究が明かす!“カロリーは同じでも、寿命が違う”という事実注目すべきは、こちらの研究結果。黒の実線(DR SY):カロリー制限+バランス栄養 → 寿命が最長に青の点線(DR Yeast / Control Sugar):タンパク質制限 → 長寿効果ありオレンジの点線(Control Yeast / DR Sugar):糖質制限 → 効果は限定的赤の実線(Control SY):制限なし → 最も寿命が短いこの結果は、「同じカロリー」でも、どの栄養素をどれだけ摂るかによって寿命に大きな差が出ることを示しています。つまり――“どれだけ食べるか”ではなく、“何をどう食べるか”がカギ。注目される「アミノ酸制限」。タンパク質の摂りすぎが寿命を縮める?近年、特に注目されているのがタンパク質の摂取制限です。オーストラリアのスティーブン・シンプソン教授は、「人間の健康と寿命は、栄養素の比率で決まる」とし、カロリーよりも栄養構成のバランスが重要だと提言しています【7】。なかでも以下のアミノ酸を中心とした制限が、老化抑制に効果があるとされます:メチオニン(必須アミノ酸)BCAA(分岐鎖アミノ酸)必須アミノ酸全般これらの摂取を“完全にやめる”のではなく、“適度に制限”することで、代謝が改善され、ミトコンドリアの機能や自己浄化(オートファジー)が促進されるという報告が続々と出ています。「空腹」より「栄養の質」。老化研究のパラダイムシフトもはや、「とにかくカロリーを減らせばOK」という時代ではありません。老化研究の世界では、“満腹を避ける”から“栄養的に満点な食事を目指す”へと、食事の意味づけが大きく変わってきています。未来の健康は、“食べ方”で変えられる。こうした科学的知見は、予防医療・健康寿命延伸・アンチエイジング商品の開発にも応用され始めており、今後の食事指針を大きく変える可能性も。「カロリーvs栄養素」論争は、未来の健康科学の起点に!老化を制御するカギは、シンプルなカロリー計算ではなく、栄養素の質とバランスにある。「とにかく減らせばいい」という食事制限の常識は、科学によって覆されつつあります。これからの時代、問われるのはこうです。「お腹を満たす」か、「体を最適化する」か。参考文献:[1]J. Lu, U. Temp,A. Muller-Hartmann,J. Esser, S.Gronke, and L. Partridge, Nature Aging 1,60 (2020).[2]L. Fontana, L. Partridge, and V. D. Longo, Science 328,321(2010).[3]C.M. Mccay, M.F.J.S.M. Crowell, Prolonging the Life Span, 39(5) (1934) 405-414.[4]L. Fontana and L. Partridge, Cell 161,106 (2015).[5]R.J. Colman, R.M. Anderson,S. C.Johnson,E.K. Kastman, K.J. Kosmatka,T. M. Beasley, D. B. Allison, C. Cruzen, H. A. Simmons, J. W. Kemnitz, and R. Weindruch, Science 325,201 (2009).[6]W. Mair, M. D. Piper, and L. Partridge, PLoS Biology 3,(2005).[7]A. Zera, Faculty Opinions - Post-Publication Peer Review of the Biomedical Literature (2014).