寿命の7割は「遺伝子」ではなく「選択」で決まる“老い”は、どこまで自分でコントロールできるのか?シワが増える、白髪が目立つ、なんとなく疲れが抜けにくくなる――こうした老化のサインは、誰にとっても避けられない自然現象のように思われてきました。しかし今、その常識が科学の力によって変わりつつあります。「老化は測れる。そして変えられる」そう語るのは、アメリカの研究者モーガン・レバイン博士。彼女は、体内の“老化スピード”を数値化する技術「エピジェネティック時計」の開発に携わってきました。「老い」とは、ただ受け入れるしかないものではなくなりつつあります。科学が示す、“もうひとつの選択肢”とは?老化を「科学で測る時代」がやってきたレバイン博士が老化研究に興味を持ったのは、幼いころの家庭環境がきっかけでした。高齢の父と、介護に奮闘する母の姿を見ながら、「親はずっと一緒にいられる存在ではない」という不安を、子どもながらに抱いていたといいます。そんな想いから生まれた研究の一つが、『DNAm PhenoAge(ディーエヌエーエム・フィノエイジ)』という老化の指標です。これは、DNAの中に記録されている「老化の痕跡」を読み取り、体の中の“老化の進み具合”を可視化する技術です。見た目の印象や年齢の数字ではなく、「細胞の声」を聞くことで、私たちはもっと正確に、そして前向きに、自分の健康と向き合えるようになると博士は語ります。「人には2つの年齢があります。ひとつは戸籍上の“実年齢”、もうひとつは細胞の状態を示す“生物学的年齢”です。私たちは、後者を変える力を持っているのです」(レバイン博士)エピジェネティクスが拓く、“未来の医学”レバイン博士の専門であるエピジェネティクス(後成遺伝学)とは、難しそうに聞こえるかもしれませんが、要は「遺伝子の使い方のクセ」のようなものです。生まれ持った遺伝子の配列は変えられなくても、その働き方は、食事や運動、ストレスなどの日々の習慣で変えることができるという考え方です。こうした“細胞の使い方”を探る研究が、今や老化科学の最前線となっています。博士が開発に携わったエピジェネティック・クロック『DNAm PhenoAge』は、がん、アルツハイマー病、心臓病などのリスクを早期に予測する体内の健康センサーのような存在として、医療現場でも注目されています。実年齢と生物学的年齢には、10年の開きが生まれることも生物学的年齢とは、細胞の状態から見た“体の実年齢”のこと。これは生活習慣や環境の影響を大きく受けるため、実年齢と必ずしも一致しないのです。「病気の発症を引き起こすのは“時間”ではなく、体内の変化です」(レバイン博士)ある人は40代でも60代相当の生物学的年齢かもしれませんし、逆に10歳以上若返ることも可能です。博士自身も、生物学的に実年齢より5歳若いという結果を得ており、「これは偶然ではなく、日々の選択の成果です」と語っています。老化を遅らせるための、実践的な習慣とは?アンチエイジングにおいて、魔法のような特効薬は存在しません。では、どうすれば老化をゆるやかにできるのでしょうか?レバイン博士は、日々のシンプルな習慣の積み重ねこそが鍵だといいます。以下のような生活習慣が、生物学的年齢を若く保つために効果的だとされています。植物中心の食生活:野菜を多く取り入れた食事は、炎症を抑える効果があるとされています。定期的な運動:心肺機能や筋力の維持だけでなく、細胞レベルの若さにも貢献します。良質な睡眠とストレス管理:慢性的なストレスは、老化を進める大きな要因になります。断続的な断食(インターミッテント・ファスティング):空腹の時間帯をつくることで、細胞の修復機能が活性化されます。また、喫煙を避ける、アルコールを控える、果物や野菜を多く摂るといったシンプルな行動も、生物学的年齢に大きな影響を与えるといいます。「遺伝が寿命に与える影響は10〜30%。残りの70〜90%は、自分の行動次第なのです」と博士は語ります。さらに、社会経済的な背景も老化に影響を及ぼす重要な要素なのだとか。たとえば、貧困は平均寿命を約10年縮めるという研究もあり、博士は、貧困を“慢性的なストレス”と捉え、それが老化を加速させる要因になり得ると指摘しています。食事と運動、どちらも“やりすぎ”に注意を健康のために良いとされることも、やりすぎればかえって逆効果になることがあります。たとえば、アメリカで進行中の「Calerie Experiment(カロリー制限の臨床試験)」では、摂取カロリーを抑えることが生物学的年齢に好影響を与える可能性が示唆されています。とはいえ、博士は「厳格なカロリー制限は推奨しない」とし、無理のない範囲で食事量を調整する“断続的な断食”を取り入れているそうです。運動についても「多ければ多いほど良い」というわけではなく、人それぞれに最適な量と質があると博士は語ります。「多くの人は、まだ自分にとっての“適切な運動量”に達していません。まずはできる範囲で始めてみることが大切です」(レバイン博士)老化は「敵」ではない「老化を恐れたり、恥じたりする必要はありません。むしろ、しわや白髪を“これまで生きてきた証”として、大切にしていいのではないでしょうか?」とレバイン博士。レバイン博士が追求しているのは、「老い」の見た目を変えることではなく、その裏にある生物学的プロセスを理解し、病気の発症を防ぐための手がかりを見つけることです。「生物学的な老化を遅らせる科学の目的は、見た目を若く保つことではありません。本当に大切なのは、年齢とともに増えていく病気のリスクを減らし、人生の質を守ることにあります。私は“老化=病気”とみなす考えには反対です。老化そのものを否定するのは、人が年を重ねていく自然な営みへの冒涜だと思うからです」(レバイン博士)たとえ80歳であっても、それが50歳より“病気である”とは限りません。年齢という数字だけで、人の健康状態やその人の価値を測ることはできない――それが、レバイン博士の揺るぎない信念です。こうした思想のもと、博士はイェール大学を離れ、現在はバイオテクノロジー企業「Altos Labs(アルトス・ラボ)」にて、細胞の再プログラミングによる老化制御の研究に取り組んでいます。博士が目指しているのは、生理的年齢(=体の中の年齢)をより正確に測る技術を、臨床試験レベルの信頼性へと引き上げること。さらに、老化を遅らせるだけでなく、場合によってはその“時計の針”を巻き戻すことができるかもしれない。そんな可能性を探り続けています。その中心にあるのが、博士が開発に携わった「エピジェネティック時計」。老化の進行を測る有力な手段として注目されている一方で、その仕組みはまだ完全には解明されていません。「今はまだ“ブラックボックス”のような存在です。でも、その中身に一つずつ光を当てていくことが、私たち研究者の使命です」(レバイン博士)老化は、私たちの敵ではありません。それをどう受け止め、どう共に生きていくかこそ、これからの時代に求められる視点なのかもしれません。モーガン・レバイン博士 プロフィールエピジェネティック時計「DNAm PhenoAge」の共同開発者であり、老化の生物学的指標研究の第一人者。南カリフォルニア大学で博士号を取得後、イェール大学助教授を経て、現在はAltos Labsに所属。メチル化時計の権威スティーブ・ホーバス博士の下で学び、がんや認知症リスクの予測にも応用可能な老化測定技術を確立。老化研究における複数の賞を受賞している。